写真と空と自転車と

カテゴリ:住まい( 19 )

黄金連休 街の古民家

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ひさびさの休日、やすみはいいものです。高いテンションを維持して3週間、まだ体が馴染んでなくて、疲れてきたところで連休です。天馬から北浜で用事を済ませて、のんびり街の中を流していると、青い空に白い雲の流れが早い、北風が強いので少し肌寒い。

「宮脇綾子アプリケ」という本を古本屋で手に入れた。宮脇綾子さんはアプリケを教えているtwtrf2家のお母さんの師匠である。私が生まれた時代からの作品集ですが、食べ物と身の回りにある当たり前のモノをモチーフとしている。普通の生活の中から美を取り出す目の付けどころが鋭い。これからの生き方で目指す方向は「普通がいい。個人的ではなく一般的な普通の感覚があればこそ、長い時代に受け継がれて洗練されていくものなのだ・・・・。伝統と現代が違和感なく調和している。

ときどき古い着物の端切れを買うので、天神橋商店街の呉服屋の店先を物色していると、絹の総絞りや、よい色合いのちりめん、友禅など、良質の端切れが置いてある。隣で見ていたおばあさんが話しかけてくる。今のモノと比べると昔の人が染めた端切れはいいモノがある。羽織の紐に片側に蜘蛛の巣が、片方には蜘蛛を描かれていて、蝙蝠の柄もあり、一風変わった粋な紐があったり。友禅に描かれた牡丹には小さな蟻がいたりと、洒落っ気がある。自分の目で観察して初めて見えてくる自然の姿がありのままに描かれているわけです。古い布の魅力は長い時間をかけて繰り返し描かれて、その積み重ねられた洗練の中から、自然を通して滲み出てくる面白みというモノがいいのだろう。決して作者の個性的な表現ではなく・・・・、

おばあさんが語る話にしばしおつきあい。古い着物をほどいて洗う時は、脱水してすぐ乾かす前にアイロンをかけるとシワがなくなり、張りのある生地になっていいらしい・・・・。好きな端切れを集めて、袱紗をつくったり、軽く羽織る衣服を縫うことが楽しみ・・・・。天神橋商店街を端から端まで歩いて天六から地下鉄に乗って天王寺まで帰るのだそうだ。東寺の弘法さんもいいけど広すぎる、四天王寺の市も面白いと語っていた。

偶然の出会いですが、おばあさんと会話をしていると、いいモノを見る確かな目がある。こういうのが日本の文化度の高さなのだと思う・・・・。先日買った本の中でも日本の伝統工芸の質が落ちていることを嘆いていた、昭和50年代の文章ですが・・・・。どこかやりすぎていると言っている。というのは、私の言葉では小指が立っているデザインと言っていますが、やりすぎないで一歩手前でやめることで余分な個性が出ないようにすること、それでも仄かな個性がにじみ出てくる姿がかつての日本の美意識なんでしょう。

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by knos3 | 2016-04-29 16:56 | 住まい | Trackback | Comments(0)

奈良の町家、にぎわいの家

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すぐ隣に、奈良市の町家がある。「奈良町にぎわいの家」とあるが無料なので気軽に入ってみると、外観から見た姿以上に立派な町家です。15畳の大広間がある、豪商の町家のようです。1917年(大正6年)の築なのでちょうど100年ですが十分に現役として使える家です。

門を入ると小さな庭があって、その向こうに通り庭が見える。釜戸、流し、水屋が並び、生活の場だ。豊かな空間がある。改装前はシステムキッチンになっていたのだとか。新たに作られた釜戸は、白いタイルが貼られている。かつてはあった出隅、入隅、を納める役物がなくってしまっているが、最低限の役物でここまでならできるのだ。白い100角と二丁掛けのタイルもこうしてみると清潔感があっていいものだ。

まかないにはこれくらいの台所があれば、洗いから下拵え、煮炊き、盛り付けまでの作業を、2人で充分余裕をもってできる・・・・。台所が生活の中心になるといい家になるんじゃないかと・・・・。

大正時代の古美術商の家なのだそうだ、道理で風流な細工が所どころに見える。床框には龍の螺鈿、地袋は鷺の真鍮細工がある。簡素な町家とは違った、華やかな意匠がされている。襖の引き手は「茗荷」大隈家というので、佐賀。鍋島の家紋は茗荷なので、そのつながりなんでしょう。洗練されていないですが大正時代の浪漫を感じる、趣味人の町家です。

床の間には今風の掛け軸があり、24節気ごとに取り替えられるのだとか。奈良の歌人が作った歌、「マフラーに顔をうずめて大寒の、街を急げり風に向かひて」 今日から大寒、寒いわけです。スタンプも24節気をオリジナルで作ったのだとか、24節気を再認識して愉しむということです。のんびり暮らすと、自然に感じるようになりますが・・・・。

2階はギャラりー、この家から録った音を流すインスタレーション。なんだかな・・・・?都市に住んでいてこの家を非現実的な異空間として感じさせるという音の表現ならわからなくもないが、これからこんな家に住もうという人にとっては、軋みや風の音は、日常の音なのだから。

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by knos3 | 2016-01-23 19:30 | 住まい | Trackback | Comments(2)

またまた東近江へ

12月のお題 - 「冬枯」

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12月になって東近江の家は、畳が新しくなり室内がきれいになったというので確認にいってきた。植木も整理され2年前の写真に近くなっていた。いつ見てもいい家だ、と思うのは我家の生活スタイルにぴったり合っているからそう感じるのかもしれません。

納屋で木地を挽いて、納戸で漆を塗る。広い土間のまん中にカウンターを造って、そこで毎日朝晩のまかないをする。本を読んだり寛ぐのにも絶好の窓辺があるし、納屋の2階にはPCを置いて、SPをセットする、大人が遊ぶ空間としては最適だ。蔵も庭もいい。広すぎるくらいですが毎日を愉しく暮らしている姿が目に浮かびます。畑はないのでどこか近くに小さい畑を借りないといけません。低負荷生活にはかかせないモノです。

しかし、車を止める場所がないのは残念なことです。車はなくてもいいように公共交通機関で行ける場所を選んではいるのですが、これから何をするかにもよりますが、車が必要になった時のことも考えておかないといけません。




夏の間は一面の草に覆われていた庭は、草を刈って枯れた姿でも自然はしっかり生きている。蔵に絡んだ藤の蔓、屋根にかかった柿の枝から瓦に積もった落ち葉、床板や敷居は白蟻が食んでいる。こうして人の住まない家は自然の力によって痛んでいく。ブロック塀でさえ蔦が絡んでいくのを見ていると森の国なのだと感じます。豊かな自然の力と戦いつつ・・・・人が手をかけて自然から家を守っていくことを実感します。都会の生活しかしたことのない我家にとっては手強い敵になってくれることでしょう、たぶん・・・・。

都会から田舎へと、こういう環境で暮らしてみたいと思うのは粋狂なこと・・・いや、都会は大好きなので、理想を求めた田舎へのあこがれで移り住むわけではありません。なにかと手間がかかり、このうえなく不便はことを愉しむ余裕と体力があればこそ出来ることではありますが、これから世の中どっちへ転んでいくのかわからないので、低負荷生活のひとつの方法を試すラボラトリーのようなものと捉えています。そのために、まかないも木工も畑も含めてそこで生きるための技術を日々学習。今までのように利益のための学習ではなく、生きていくために必要な技術を身につけること。その延長線上で、人の役に立つまでのモノになることを目指しています。

もうひとつは今まで多くの人にお世話になってここまで生きて来れたわけで、なにかのかたちで恩返しをすることができればと思っている。そんなことを想いながら夢をふくらませているわけです。

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by knos3 | 2015-12-14 23:50 | 住まい | Trackback | Comments(0)

志賀の家を見に行く

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琵琶湖西岸の家を見に行ってきた。大津から湖西線で北へ、琵琶湖大橋の堅田を越えて4つ目、白髭神社、高島の手前にある志賀という駅。徒歩23分と歩けないことはない立地。

3度目の琵琶湖ツーリング 奥琵琶湖から湖西を走る 01
3度目の琵琶湖ツーリング 奥琵琶湖から湖西を走る 02

この時に雨に降られて途中で湖西線に乗った駅でした。あの頃は琵琶湖の方ばかり見ていたので、気が付かなかったのですが、駅から西に、平地から急に立ち上がる1000mを越える比良山系の山々が迫ってくるようです。駅でホームに降り立った時に目の前に広がる山の存在感が伝わってくる。それほどに山が近い。白髭神社からこのあたりまでが山が湖に迫っているので平地がほとんどない土地で、山裾に広がる棚田の集落です。

湧水を集めた透き通った水が流れる渓流もあり、東に広がる琵琶湖にも徒歩10分と近いので、程よく湖と山にかこまれた恵まれた地形です。秋に吹く比良下ろしが台風よりすごいらしい・・・・。会う人が皆、口を揃えて言うということは本当にすごいのだろう。比良山に向かって西側には窓がないのと、全ての窓は外側にアルミサッシが入っているのは風の影響を避けるためのようです。

玄関を入ると奥に黒いタイル貼りの釜戸があり、つづく流しも昭和のタイル張りで仕上げられている。もとは玄関から土間がつづいて台所になっていた。さらに奥には風呂の焚口があり、日常の仕事はここが中心になっていたようだ。大きな窓から光が入る明るい台所は気持ちが良い。


母屋につづいて2棟の蔵が並んでいる。母屋と比べると不釣り合いなほど立派な蔵です。蔵の前に鉄骨造の作業場が作られている。古い蔵と鉄骨の作業場の組み合わせが面白い。しかも二つもあるのは木工の作業所としては魅力的な空間です。鉄骨造の2階は米の脱穀、精米のための空間であり、床を抜いて機械が設置されていたのだそうだ。200Vの電源もひいてあるので、すぐにでも機械が置けるわけです。手前のブロック造の小屋は、農作物の洗い場になっていて農作業のための機能が充実してる家です。夏はウエットスーツを乾かすにもいいね。

湖西は遊泳場も多く、湖岸には別荘も立ち並ぶ遊びの場でもある。志賀の浜は琵琶湖の数ある浜の中でも海津と並んで水がきれいに澄んでいる。山が近いからでしょう、砂が花崗岩なので濁りがでないらしい。対岸は近江八幡、東近江は山の向こうになる。同じ琵琶湖周辺でも全く違う多様な環境があるわけです。

徒歩10分の範囲に散策できる山があり、清流があり、水遊びのできるきれいな湖があることは、季節の移ろいとともに、変化ある遊びの時間が過ごせます。適度に観光客も来て、外からも多くの人が移り住んでくる魅力がある場所です。この土地は人の動きがあり、街にも活気があるように見えます。有り余る余暇を過ごす場所としては、最適の環境なのかもしれません。

予備知識もなく突然に訪れた土地ですが、いいところでした。

徒歩23分と遠いのと坂が多い地形なので電動アシスト自転車を駅で借りました。しかし、普段の踏まないペダリングで走っているとアシストが駆動しないただの重い自転車です。軽く踏んでクランクにトルクを掛けるとアシストが駆動する仕掛けなので、コツがいります。軽く踏むだけで坂をグングン上っていくのは素晴らしい。いつかはアシスト・・・・と思ってしまいます。

駅で教えられた、よしぶきの古民家窯にも行ってみた。築200年程の江戸の農家は、簡素な造りでした。豪華さはないが手斧の跡が残る柱や梁だけでも充分に価値があります。移住3代目の家だそうですが、モノ造りをしている作家さんの好みが表われた、いい古民家でした。

ここ志賀の土地は、山あり湖ありの風光明媚な自然環境はいうことなし。人が集まり、賑わい、明るく楽しそうな雰囲気もよく、余った時間を自然とともに過ごすにはいい土地です。

しかし、下調べもなしで見に行ったので帰ってから調べてみると、いつ来るかは分からないが、地震のことを考えると・・・・必ずいつかは来るコトなので、その時のことを考えると、別荘地として短期間の滞在ならいいのですが、永住するなら、ここも我家の住む場所ではありませんでした・・・・。

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by knos3 | 2015-09-23 15:00 | 住まい | Trackback | Comments(3)

東近江 みたび

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JRで東から行くとどんなに道のりになるのか、実家からの帰り道に東近江を訪ねてみる。これで三度目の東近江。住まうにはちょうどいい間取りになっていて、納屋と釜戸のある土間が特に気に入っている。裏庭の大きな柿の木もいい。しかし、名阪の真ん中にあって電車とバスで乗り継いで2時間半。やや遠いというのと、まわりに何もなく生活できるのか心配である。城下町や門前町を控えた田舎の都会を探し始めたが、ここは田園地帯のど真ん中の集落、条件は全く違うが、家はなかなか良いのだ。

千種駅から11:47のJR中央本線快速で 名古屋まで、12:00発JR東海道本線特別快速に乗り換えて大垣へ、また乗り換え12:42発JR東海道本線普通電車。米原へは13:17、降りたホームの反対側で待っているJR東海道本線新快速・網干行13:20で能登川へは13:33到着。

・ここまで1時間46分。まずまず、大阪からとほぼ同じ時間。

ここからは14:09近江鉄道バス湖国バスにのって 14:43今在家到着、のんびり歩いて17分。15:00到着。3時間強かかるか・・・・。車なら1時間26分。

千種・名古屋・大垣・米原・能登川・今在家と5回乗り継いで到着。JR東海とJR西日本の国境線をまたぐので乗り換えが面倒、一本とは言わないが、せめて米原までなんとかならんものか・・・・。

バスの車窓から見ていると前回には気が付かなかったモノが見えてくる。近江鉄道愛知川の駅の近くに大きなSCが見える、ところどころにコンビニもある、愛知川の宿のあたりも風情がありそうな宿場町だ。歩いていける距離ではないが改めて見るといくつか店はあるようだ。

一面に田園が広がりる田園地帯に小高い丘があり、その間に点々と鎮守の杜がある。緑の濃い季節、真夏の風が吹く。むっと暑いが、風は心地よい。稲がもう頭をたれている田んぼもある。

3度目の訪問なので、気になっていた点を再度チェックしてみる。農村の庄屋さんの家なので広くて質の高いつくりがしてあるのはいいのだが、住んでいない家は傷む。北・南共に庇の下がっているところは、基礎が柱が腐ってダメになっていたり。垂木も腐って野地板も・・・・腐っている。これは直さないといけません。庭木も手入れせんといけませんね。

漆喰の壁もかなりの痛みで、ほとんどはトタン張りで隠されているが、蔵や北面の土壁はかなり崩れている。手の届くところは自分でも多少は出来るでしょうが、高いところや漆喰は・・・・どうするか。



ここは琵琶湖東岸の田園地帯で、農業の中心地。米、麦はもとよりブドウやイチゴなどの果樹園も多い。今日は夏休みのせいか歩いている人を多く見かける。人がいると安心します。ちょっと不便ですが住めないことはないと思いつつも、さてどうするかな。とにかく、この辺りの物件は駐車場がないと不動産としての価値はありません。

帰りに寄った、東海道線能登川駅まで出れば、スーパー、ホームセンター、本屋もあり、一通りの生活物資は手に入る。贅沢をいえば、新鮮な魚がない・・・かな。琵琶湖に近いので小鮎やモロコなどの淡水魚が手に入る。小鮎の佃煮を売っていた。小鮎はこの時期、雨が降ったあとに笹濁りになった頃、愛知川でも釣れるそうだ。

家は手を加えればいい雰囲気になりそうなのですが、周辺の環境が生活に合うかどうか・・・・。田舎でも城下町などの都会である彦根、伊賀、名張を探していたが、少し方向が違って、田園地帯の真ん中は農業をやるにはいい環境です。そりゃ、農村だからね。木工の工場探しから始まった古民家探しですが、ここにきて農業へも興味が向いており、両立するにはいいのかもしれません。

低負荷の生活を目指してどこに落ち着くのか、田園地帯の真ん中では深呼吸で吸う空気は農薬を含んだ空気なのでしょうか。井戸はどうなのだろうか。また別の問題が出てくるのです。悩ましい時代です。

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knos3

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by knos3 | 2015-09-03 21:45 | 住まい | Trackback | Comments(0)

東近江の家02

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車を使わない我家は、どこへ行くのも電車とバス、自転車での移動が基本です。できれば駅から徒歩が理想で、最低限バスが走っている地域になるわけですから、公共交通機関がないところに住むことは考えられません。車の便利さはわかりますが、公共交通機関の代わりに個人が移動手段に過大な負担を強いられるのはどうもね・・・・。

家に駐車場があるとしても、最寄りの駅にも必要になるし、事故の心配も大きくなるので保険にも入る。石油もあまり使いたくないし、車検もある。知らず知らずのうちに、生涯で3−4000万の負担をしているわけです。車が好きで好きで堪らなくて趣味で乗るか、仕事で毎日利用するなら否定はしませんが・・・・。環境について考えたり、世界の影響から遠ざかるには、そろそろ車を使わない生活を考えてみるものいいのではないかと思っています。低負荷の生活には自転車と電車が一番です。生活の負荷が低いということは、楽に生きるということです。


前回の訪問は、のんびり気分で移動していたので、八日市から自転車で20分と、意外に近いと思った。車はいらない我が家の2回目の訪問は、本当にここに住めるかどうかの確認のためにバスで行ってみることに。月に2回ほど行ったり来たりするくらいで、毎日の通勤ではないので、多少の不便さはいいとしてもできれば近い方がいい。

バス路線を探してみると、八日市からは2時間48分、能登川駅なら2時間25分、の2つのルートがある。行きは能登川から、帰りは八日市を回って、周遊コースにしてみる。能登川コースの方がメインストリートなのか、道沿いには集落が続いている。あらためてバスから見えるのは、豊かな田園風景の中、一面の水田の緑が一段と濃く見える。人は多く住んでいるようですが、店はありません、スーパーもない。休日のせいか乗客も少なく、ほとんど貸切の状態なので、能登川からは以外と近く感じました。

バス停からは集落を1つ抜けて、水田の中を通る道を歩いていると、青から渋いブラウンに塗り替えられた大屋根が見えてくる。希望通りの落ち着いたいい色だ。

今年一番の暑さの中というのもあるが、バス25分+徒歩13分でトータル2時間25分はやっぱり遠く感じてしまうのだ。都会の生活に慣れている身には、バスは1時間に1本だし、徒歩と合わせて最寄の駅から38分・・・・。毎日のことではないのでバスに合わせて動くことに慣れる事です。

もう一つ気になるのが日常の買い物、スーパーカブのお世話になればなんとかなるが、歩いて行けるところには全く何もない。かつてはどの集落にも小さな食品店はあったのですが、この20年で絶滅しています。この辺りの人たちは能登川か八日市に出ることに慣れているようです。大型のSCなら近江八幡まで行けばありますが、まず行くことはないでしょう、たぶん・・・・。

我家は車を使わない生活ですが、誰か来るときはまず車でしょうから、この辺りで駐車場のない家はありません。駐車場は先に分筆した隣の敷地を再度買い戻す交渉中とのことでした。これが決まれば駐車場が3台分と、門柱が左右とも入って、家のすがたかたちも納まりがつく。10坪ほどの小さな畑も付いてくるので、農家らしくなってより生活しやすくなる。

何を求めて、田舎に暮らすのかということですが、基本は何があっても安心な生活が出来る環境であり、水・米・野菜、そしておだやかな時間と少しの空間があればいい。それが低負荷の生活につながっていくのだ。別の意味で体への負担は増えますが・・・・時間は十分にあるので、愉しく暮らすことを優先した生活ができればいいと思っている。

現実はどうなっていくかわかりませんし、今は何もできませんが、最低限、安心できる生活です。大きすぎたり、古かったり、遠すぎたり、なかなか絵に描いたような家が、あるわけがないよね・・・・。

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knos3


東近江の家01



by knos3 | 2015-08-03 21:00 | 住まい | Trackback | Comments(2)

また箕輪中村へ

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なかなか風情がある。雲の文、瑞雲文かな。黒漆喰に黒で気が付かないほど小さく入っている。文様のようですが、両側に対照に入っているので意図的にいれたものであるのは間違いない。

襖の絵も渋い。ここで使われていたミシンも時代を感じます。古いモノが何でもいいとは言いませんが、長く使うことが前提にありしっかりとした作りモノが多い。プラスチック、化繊、ビニールなどができて、大量生産の時代になって、安物が生まれた。石油のない時代は安物はなかったと言える。今でいう高級品の代名詞になっている天然素材や手作りしかなかった。

和室は簡素に生きるために作られた間取りで、多くのモノを置かないで生活する。生活に必要な多くのモノはどの家にも蔵か小屋裏にある。普段は時期や目的に合わせた必要なものしか出ていません。必要とあらば20人分のお膳が出てくるわけです。

消費社会とは対極の循環社会。遠い昔のことです。70年は遠いか・・・・。使えるモノはなんでも再生していた江戸時代には、釜戸の灰ですら回収して使っていたわけですから。着物も古くなれば、バラして洗い張りをして縫い直しする、セーターもほぐして編み直して使っていたっけ。手首に巻いてクルクル毛玉に巻き取る手伝いをしたことを思い出す。

グローバルな時代、今まさに、生活に影響を感じるようになった。単純化された大きな経済環境とは少し離れたところで小さな接点はもちつつ、多様な価値を産んで行くこと、身近なところは自分でしっかり生きるということだ。

身軽になるということも、そのひとつ。人の生活は今も昔も変わらず・衣・食・住・が基本になる。衣食足りて礼節を知るというが、今は充分すぎるほど満ち足りているので、食は腹八分目でいい、衣の方は今後はスポーツウエアかワークマンなんかもいいのではと思い、先日ワークマンへ見に行ってきた。ストレッチもきいて、インナーは高機能。ワークパンツの本物が手に入るのだ。これでまた一つ、グローバルから離れていく。

車をなくして10年以上になるが、なにひとつ困らない、新聞はなくして2年になるが特に困ることはない、テレビも4月から勝手に映らなくなったが、静かないい時間が増えたと思っている。他に無くすものはまだまだ・・・・ある。身軽になるということは生活の負荷が減るということだ。

余分なお金をかけずに生活を愉しむ方法はいくらでもある。お金をかけない愉しみはビジネスにならないのでテレビも、新聞、雑誌も取り上げないわけですから、自分で考えるか、誰か仲間から情報は集めるか・・・・。これも自分たちで考えろ、ということだ。

人も心も物も潰されないようにしないといけません。

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例えば、古いフレームを買って、古いパーツで自転車を組む。家から自走して一日100km走って愉しむ・・・・。グリスはホームセンターのテフロン入りグリス、こまめに注油すればママチャリ用のオイルでも充分、チェーンは灯油で洗えばOKという自転車生活はビジネスにならないんですね。

最新のカーボンフレームに、電動デュラ、ホイールはカーボンでセラミックベアリングにチューンナップする・・・・。こんな自転車じゃないとビジネスにはならないので、前者には情報はないのです。しかしネットの情報にはごく一部ですが、誰かの手で書かれているわけで、そんな情報を探してみるのも、生活を豊かにする愉しみのひとつなのだ・・・・。

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by knos3 | 2015-07-19 11:30 | 住まい | Trackback | Comments(2)

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琵琶湖の東、愛知川の両岸に拡がる豊かな田園地帯のど真ん中にある茅葺屋根の青い大屋根の家は、近江鉄道、八日市駅から数km東にある。琵琶湖は何度も走っているが、湖岸から離れているこのあたりは初めて走る道。

休日は朝の新快速は混雑するし自転車も増えているので、輪行するときは時間の余裕があれば空いている快速に乗ったりもする。大阪駅8:24快速長浜行に乗って、9:53近江八幡駅、10:12近江鉄道で10:30八日市へ到着。ここから自転車で7km弱の距離なので、県道13号を北東へ走る。

近江鉄道の車内で、「こういう軽い自転車が欲しいんですが・・・・」と見知らぬ人から声を掛けられる。ビゴーレは8.6kgと軽いのですが、普通のスポーツサイクルなら10-12kgで充分というのと、我々より年配の女性だったので、ロード用の19−23mmの細いタイヤではなくクロスバイクで28-32mmの太目のタイヤをお勧めしておいた。ヂュッセルドルフ在住で今は一時帰国して石山にお住まいのIさん、滋賀が好きでおひとりで観光しているのだとか。古い農家を探しに行く途中だというと、以前は白浜に海辺のお住まいをお持ちでした。自転車がとり持つ縁というのでしょうか、八日市駅まで談笑。

さて、ここから県道13号で北東へ走る。八日市駅近くの街道沿いに立派な近江商人の屋敷がある・・・愛知川を渡ると、東に鈴鹿山系を望む。この山の奥が以前キャンプに行った永源寺。幾つかの集落を抜けて、いにしえの道を東へ走って行くと集落の端にある大きな青い屋根が見えてくる。まさに琵琶湖東岸らしい田園風景のど真ん中。ぽつんぽつんと杜が見えるが、この集落も真ん中に鎮守の杜があり八幡神社がある。

大きな茅葺屋根の家はかつては庄屋のお屋敷。ところどころに凝った造りが見える。玄関の土間に御影石が敷いてあるし、欅の一枚板を贅沢に使い凝った意匠がなされた飾り棚もあり、こういう玄関は初めて見ます。戸袋ひとつとっても宮大工の技を感じる凝った作りになっている。

玄関から左につづく土間には釜戸好きにはたまらない黒いタイルを貼った3連の釜戸があり台所になっている。ステンレスの天板を載せて今でいうアイランド型のシステムキッチンになっている。昔から釜戸は土間の真ん中にどしっと座り、アイランド型に配置されていることがは多いのは、大人数で作業がしやすいからなのだろう。煮物の鍋、羽釜、ヤカンの三点セットが並び、井戸と流しが交差してL字型に並んでいるのも、実際に使っていた人たちが使い勝手と動線を考えたうえでの、効率のよい配置は実に良くできている。充分すぎるほどの広さがある台所は大きな魅力のひとつなのだ。1日の半分はここにいるかもしれません。

母屋につづいた納屋と屋根が一体化しており、無理やり繋げたところに太い鉄骨の柱が入っている。小さな天窓から入る光は納屋を明るく照らしている。納屋の小屋裏はまるで民俗資料館のように美しい。ここもわくわくする。埃をかぶった竹籠、逆さの大きな桶、梁にかかった田の草取り機・・・・他にもどう使うのかよく分からない多くの道具が仕舞われて、そのままの姿で保管されている。納屋の一階には立派な四方を檜で貼った米の保管庫もある。あけると、ふんっと檜のいい香りがする。さすがお米の国。

美しい繊細な組子の建具もあるし、奥の間は雪見障子、欅の梁にはホゾ組の楔が打ち込まれ、母屋には宮大工の技が随所に見える希少な建物で、水と電気が来ればそのままでも住める家です。住まなくなってから2-3年経っているので、屋根はところどころ錆が出ている。青い波トタンの谷には深い錆が出て、そろそろ塗り替えを考えないといけません。一部の柱や土間の敷居は白アリに喰われていたり、床がふわりと浮いていたり・・・・・修理しないといけない点がいくつかあるが、古い農家なので当然のことです。手を入れても、充分価値があるいい家です。

八日市駅から約6.6kmと歩くのは無理・・・・。交通はちょこっとタクシーという乗合タクシーがあって、30分前に電話で予約すれば必要な時だけ時刻表通りに2時間おきに走ってくれる。八日市まで行けるのかどうかの経路がまだよく分かっていないのですが、東近江市のHPを見てもよく分からない・・・・が、交通の便は大阪から新快速なら八日市まで最短で1時間45分とバスの時間がかかるが、まずまずといったところ。

琵琶湖岸では最大規模である豊かな田園地帯にあり、その真ん中にあるこの集落は活気がある。農作業をしている人も多く見かけるし、集落の中でも人が活動する気配を感じます。畔や水路の傍、どこもきれいに草が刈られているし、家の手入れも行き届いていて、生き生きとした活気のある集落です。

小麦を収穫する季節なので、見渡す限り数台のコンバインがけたたましい音をたてて走り回っていた。この土地は活気があって良いですね。

我家は車を使いません、持つ予定もありません。しかし、誰かが来るときはきっと車でしょうから、駐車場は必要条件です。まわりのどの家も車を2台は持っているのに、この家には駐車場がない、もともとは隣の敷地にあったのに分筆されているのは残念なことです。100満点の家はないとよく言いますが、あそこの立地にこの家なら100満点に近いのにと思ってしまう。建物と立地ならどっちを取るか・・・・・。

東近江の家 02

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knos3
by knos3 | 2015-07-10 21:00 | 住まい | Trackback | Comments(0)

伊賀ポタリング 150517

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再び伊賀盆地の真ん中を通る伊賀鉄道沿線を自転車で北へ走って、依那古から、市部、猪田道、伊賀の市街地を通り抜けて、ぐるっと伊賀盆地を見てまわる。自分の目で土地を見て、体で風を感じて、馴染む場所を探すこと。まずは行ってみないと始まりません、何度でも・・・・。

上本町発 8:15五十鈴川行き急行に乗る。9:42伊賀神戸から伊賀鉄道に乗り換えて9:52依那古到着。今日は依那古駅からはじまる。線路に沿って駅からすぐの東側に広がる田園風景のなかに小さな集落がある。駅から近いせいか、広い敷地に立派な家が多く、狭い路地に寄り添うように家が立ち並ぶ。

路肩に座っているおばあちゃんが声をかけてくる、私たちのことを巡回の人と間違えているようです、ヘルメットをかぶって自転車で巡回に来ることはないだろうと思うが・・・・。立ち止まって話を聞くと、おばあちゃんが昔は・・・・・というと、話を聞いてもらえないんだとか。人生の先輩からの話は聞ける時に聞いておかないといけません。変わっていく集落の話の後に、ハワイへ行った時のことを楽しそうに話してくれた。真新しい立派な構えの屋敷でも、世代が替わると人が帰ってこないことが多くて、住んでいない家が増えているのだそうだ。他にも通りがかりに見た「空き家3」と書いたプレートが掛かった家もある。

東にひろがりる田園風景の奥に小高い丘が見える。駅から少し離れたところに、小さくまとまって大きな農家が並んでいる、門に鎖が掛かっているので、ここも空き家なのだろう。豊かな田園が広がる伊賀盆地のど真ん中でも、空き家が多くなっているようです。1駅離れて市部は駅から離れて、田園の真ん中に集落が密集している。ここも立派な家が多い。

猪田道までの二駅分はあっというまの距離でした。猪田道駅から歩くにはやや遠いが、丘ひとつ超えると伊賀市街に近く便利なところだからだろう、ここの集落はしっかり生きている。

北へ伊賀市街を通り抜けて、下友田の蕗だわらへ。伊賀の食材をおいしくいただく。麹に一晩漬けた伊勢赤鷄は逸品。石窯ピザもまろやかなやさしい味で、これまたおいしい逸品でした。いい食材を丁寧に手間暇をかけた料理はなによりの贅沢です。

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その後、Mさんのお宅に伺って、田舎暮らしの話を聞かせてもらう。蔵をジャズバーにして、2階をシアターとして使っていて、ここが遊び場だそうです。これが欲しくて古くて広い農家を探しているようなもんですから、これは、必要十分条件です。

45世帯の小さな集落をぐるっと一周案内してもらう、地元の材を扱う製材所があり、紹介していただいた。ご主人は古民家鑑定もやっていて、材木は自然乾燥にこだわっている今時貴重な製材所です。倉庫には灰色になったクリ、ケヤキ、イチョウ、サクラ、メープル、スギ、ヒノキ・・・・多くの材木が置かれている。国産材のいいものが倉庫の奥に眠っているらしい・・・・。

山に囲まれて斜面に張り付いたパノラマのような小さな集落には日常の穏やかな空気が流れている。どこの集落も年配の方が多いのは変わらないが、ここは小さな子供の姿があって世代の幅が広い。土手も、田も畑も家もみな手入れが行き届いており、生きている集落です。畑を手入れしているおばあさんがいる、さやエンドウが大きくなってしまって実エンドウになってしまったと笑っている。マスクメロンを作っている畑もある。皆さんMさんのお友達、こういう関係が出来れば愉しく過ごせるのだろう。とけ込めるかどうかは、その土地によってずいぶん違うのだそうだ。ここはいい人が多くてよかった・・・・・とおっしゃってました。

伊賀と名張の違いを見るために、 伊賀神戸を経由して名張まで送っていただきました。Mさんありがとうございます。
by knos3 | 2015-06-16 07:46 | 住まい | Trackback | Comments(2)

赤目口から箕輪中村

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また伊賀へ、伊賀市も名張もかつての伊賀国であり元々はひとつの地方なのだ、伊賀市から丘ひとつ越えた小さな地域が今の名張市になる。伊賀市は旧上野市・伊賀町・島ヶ原村・阿山町・大山田村・青山町が合併してできた、その時に名張市は住民投票で合併に不参加となった経緯がある。名張から見ると伊賀の忍者の本拠地は名張にあり、上級忍者三家は名張の出身なのだとか。

名古屋へ帰る途中で名張駅のひとつ手前の赤目口で降りてみた。箕輪中村は、古くからの名張の中心地のひとつ。小高い丘の上にあって古い民家が多く残っている集落だ。集落の真ん中を突っ切る近鉄電車からも白漆喰の蔵、大きな民家の屋根が立ち並ぶ姿が見えていた。名張の市街地にはあまり興味がわかないが、近鉄電車の車窓から眺める箕輪中村は気になる集落だった。

箕輪中村は、赤目口駅から徒歩で15分、名張駅からも同じく徒歩15分と歩いても行けるところにある。ともに急行が停まる駅で大阪からは至極交通の便がいい。東側は丘を下っていくと歩いてすぐのところにスーパーとホームセンターがあり、少し先には全国チェーンの大型古本屋、郊外型の大手量販店、家電量販店、ホームセンターなどのロードサイド店が立ち並ぶ。名張市の郊外型商業集積がすぐ近くにあるので、生活に関するインフラが徒歩圏に整っている希少な地域だ。

その西側にある小高い丘の上が箕輪中村の集落。その向こうにはのどかな田園風景が広がっている。箕輪中村の西端の斜面は森になっていて、小さな祠の鎮守の杜がある。近鉄電車から見ていると、名張と赤目口の真ん中にあっていい風景の集落なのだ。杜には電車からも際立ってみえる桜の木がある。庭から見える周りの景色は、正面に小高い林、その向こうには曽爾へつづく山々が見える。西へ田園風景がつづいて、一の井から矢川の丘が見える、さらに西へは山に囲まれていて、伊賀盆地の西の端になる。

農家にしては広くはないが、家は築80年、40年、20年と3世代の建物があり、ほどほどの大きさがある。母屋にはいると薄暗い土間の真ん中に存在感のある三連釜戸がある。黒いタイルが張られた釜戸は、昭和に入ってからのものらしいが今でも使えるようになっている。風呂は五右衛門風呂で焚口には最近使ったような煤が付いていた。田の字型の間取りは6・6.3・3と小さいが土間がそのままの姿で残っており、昔の風情を愉しむにはいい。不便な生活、今風にいうとスローライフ、ゆっくり生きるにはいいかもしれません。今風の生活を望むならかなり手を入れないといけませんが、時間を気にしない生活なら魅力的ないい家です。

納屋は一番古く、築80年。昭和の初期の建物。華麗な細工は見られない簡素な造りですが、床は板の間になっており作業場としては最適。風雨に晒されて古びた表情と、しっかりした木組みの構造から、軒の屋根が広がって、どっしりとした風格がある。一番気にっているのがこの建物、しかし屋根を見るとかなり補修が必要なのが残念です。素人が手を出せるものではありません。壁は土壁で雨に晒されたところが崩れてはいるが補修は可能。いい作業場になりそうです。築20年の離れは、新しい割にはすぐに住めるという建物ではなく、ここもかなり手を入れる必要がある。さらにもう1棟、波トタン張りの簡易的な造りの納屋がある。

古い建物ほど魅力がある。80年経っても、姿がいい。戦後の建物でも昭和50年頃までのものは造りがいいが、それ以降のものは材もよくないし、建具の意匠も組子や格子もどこか魅力が乏しい。

外観や内部の空間は古い民家そのままの素晴らしい空間が残っている。のんびり暮らしながら、作業場で好きなことをするには充分な空間があるいい家なのですが、現代的な生活するにはかなりの手を入れないといけません。まずは最低限手を入れて、住めるかどうかの検証作業を始めることに・・・・。

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knos3

箕輪中村には、伊賀焼きの山崎龍芳窯がある。名張で伊賀焼き?と思うが名張はもともと伊賀国。伊賀焼きとは自然釉がかかりビードロが発色した緑色に特徴があり、高温で長時間焼くために固く締まった土と焼くときに溶けて崩れて変形した姿は、人の技ではできない偶然の造形に魅力がある。国宝「破れ袋」が有名な逸品。

釉薬を掛けない自然釉特徴があり、窯のなかの炎や灰のまわりかたで予測できないところに魅力がある。素朴な姿と味わいの深い発色に惹かれる焼き物だ。手でひねると、わざとらしくていかん・・・・と悩ましげに言っていう。

伊賀焼きの中に混じって水銀を含んだ辰砂で焼いた赤い焼き物や、志野焼などさまざまな焼き物があるのも山崎龍芳窯の特徴で、話を伺うと興味のあるものはいろいろと焼いているのだとか。

庭先には輪切りにした薪がうず高く積まれている。今から薪を乾燥させて11月に窯を焚く準備をしている。4昼夜の窯焚きには軽トラ10台分の薪がが必要なんだとか・・・・。

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by knos3 | 2015-06-11 00:32 | 住まい | Trackback | Comments(2)